辻田亜紀子

3ヶ月・44点。多忙な中で私がやった「引き算」の宅建攻略記

プロフィール: 株式会社なるなるの木 役員。社会保険労務士として業務を行いながら、保育事業にも携わる。令和5年度宅地建物取引士試験に44点で合格。事業拡大のため、多忙な業務の合間を縫って3ヶ月間の短期集中学習を実施。「時間がないからこそ無駄を省く」という合理的アプローチで合格を掴んだ。

はじめに

私は現在、株式会社なるなるの木の役員を務めています。

このたび、令和5年度の宅地建物取引士(宅建)試験を受験し、幸いにも44点という得点で合格することができました。

本書では、弊社の役員4名がそれぞれの視点で合格体験記を記していますが、私からは「仕事を抱える社会人が、いかにして短期間で成果を出したか」について、ありのままの記録をお話ししたいと思います。これは、天才的な勉強法でも、劇的な逆転劇でもありません。

事業のために必要に迫られ、過去の経験を総動員してリスクを排除し、淡々とテキストと向き合った3ヶ月間の記録です。限られた時間の中で結果を出さなければならない、同じように仕事に追われる誰かの参考になれば幸いです。

1. なぜ今、役員が「宅建」なのか

■ 事業拡大のための決断

株式会社なるなるの木は、主力である警備業を中心に、保育事業など多角的に事業を展開しています。不動産分野においても、これまでは「不動産賃貸業・管理業」をメインに行ってきましたが、会社のさらなる成長のため、新たに「売買」の領域へも本格参入することになりました。売買を行うためには、営業所ごとに専任の宅建士を設置する義務があります。外部から有資格者を採用する選択肢もありましたが、新規事業の立ち上げ期において、重要な法的判断や実務の勘所は、経営の中枢にいる人間が把握しておくべきです。

「それならば、私が取るしかない」

役員である私が自ら資格を取得し、法的な知識を持った上で事業を牽引する。それは経営判断として、ごく自然な結論でした。

■ 7月まで動けなかった理由

しかし、受験を決意した私には「時間」という大きな壁がありました。

本格的に勉強を始められたのは、試験本番まで残り3ヶ月強となった、7月に入ってからです。本来であれば、もう少し早くから準備を進めるべきでしたが、それまでの期間、私にはどうしても手が離せない事情が2つありました。

1つ目は、7月頭まで「保育士試験」の受験が控えていたことです。弊社は保育事業も行っているため、役員としてこちらの資格取得も急務でした。「児童福祉」と「民法」という全く異なる分野の並行学習は非効率であると判断し、7月頭までは保育士試験に一点集中しました。

そして2つ目の事情は、私のもう一つの顔である「社労士」としての業務です。

保育士試験が終わった6月は、社労士にとって1年で最も忙しい時期にあたります。労働保険の年度更新や社会保険の算定基礎届といった、年に一度の重要かつ膨大な手続きがこの時期に集中するのです。結局、6月いっぱいはこの実務対応に忙殺され、宅建のテキストを開く余裕などありませんでした。ようやく嵐が過ぎ去り、名実ともに宅建に専念できるようになったのは、7月に入ってから。私に残された時間は、実質3ヶ月。もはや迷っている時間はありません。この「時間のなさ」が、結果として私を「無駄を一切省く」という合理的なスタイルへと導くことになりました。

2. 「みんなと同じ」を目指す戦略

■ 準備は前年の冬から始まっていた

実際の学習期間は「7月からの3ヶ月」ですが、私の戦いはそのずっと前、前年の冬から始まっていました。11月頃にはすでに試験対策の情報を収集し、テキストの注文を済ませていたのです。最新版のテキスト・過去問が手元に揃ったのは、年が明けた2月頃。

この早い段階で「道具」と「方向性」を確定させていたことが、後の短期決戦での迷いを消し去ることになります。

■ あえて「1位」のテキストを選ぶ理由

テキスト選びにおいて、私は迷うことなくAmazonランキング1位の『らくらく宅建塾』(宅建学院)を選びました。これは単なる人気投票で選んだのではありません。

宅建試験は、合格率が15〜18%程度で推移する「相対評価」の競争です。「みんなが解ける問題を落とした人が落ちる」試験において、最もリスクが低いのは「独学受験生の大多数が使っているテキストを使うこと」だからです。

「この本に載っていないことは、ライバルも知らないから覚えなくていい」

冬の段階でこの方針を確立し、テキストを入手していたからこそ、2月からの少しずつの民法のインプットや、7月からの怒涛の一点集中に、スムーズに移行することができたのです。

3. テキスト一冊を使い倒す

■ 情報を一冊に集約する

インプット用のテキストが決まれば、アウトプット用の過去問集も自然と決まります。私はテキストと同じシリーズである『らくらく宅建塾』の過去問集を選びました。稀に「テキストはA社、過去問は解説が詳しいB社」と使い分ける受験生がいますが、私はこの手法をあえて採りませんでした。理由は、余計な脳の負担を減らすためです。同じシリーズで統一すれば、テキストで学んだ論理構成、用語の定義、そして記憶のフックとなる「語呂合わせ」などが、過去問の解説でもそのまま再現されます。「あ、これはテキストの〇〇ページに書いてあった図だな」と瞬時にリンクできること。出版社が違うと、解説の切り口や用語の使い方が微妙に異なることがあり、その「ズレ」を脳内で変換する作業だけでも無駄なエネルギーを使ってしまいます。

テキストと過去問をシームレスに行き来できる環境を整えることで、3ヶ月という限られた時間を、純粋な知識の定着作業だけに集中投下しました。

また、机に向かえない時間は「耳」を使いました。

利用したのは、共に勉強していた同じく弊社の役員の仁美さんから勧められたYouTubeチャンネル『吉野塾』です。

今やYouTubeには数多くの宅建対策チャンネルが存在します。本来なら、いくつかを見比べて自分に合うものを探すべきかもしれません。しかし、私にはその「比較検討」をしている時間すら惜しかったのです。「他のYouTuberを探求する時間がもったいない」。そう判断し、信頼できる仁美さんの言葉を信じてこれ一択に絞りました。

結果として、吉野先生の聞き取りやすい声とテンポは、疲れた脳にもスッと入ってきました。警備業務の待機時間や、手は塞がっているが耳は空いている移動時間などは、ひたすらこの音声を流し込み、記憶の定着に努めました。

■ 「そういうものだ」と割り切る

テキストを読み進める上で、私が最も重要視していた心構えがあります。

それは、「そういうものだ精神」で臨むということです。法律の勉強をしていると、どうしても「なぜこんな規定になっているのか?」「この例外はどういう理屈なのか?」と疑問が湧いてくることがあります。本来、法律を学ぶ上ではその「趣旨」や「背景」を理解することは大切です。しかし、私には時間がありませんでした。いちいち立ち止まって「なぜ?」を追求していては、3ヶ月で全範囲を終わらせることなど不可能です。

ですから私は、理解できないルールや納得のいかない規定に出くわした時、あえて思考を停止させました。

「理屈はわからないけれど、法律がそう決まっているんだから、そういうものだ」

「信号が赤なら止まる。そこに『なぜ赤なのか』という疑問はいらない」

そう自分に言い聞かせ、強引に納得して次へ進む。この学問的な誠実さをあえて捨てる「割り切り」がなければ、短期間での膨大なインプットは完遂できなかったはずです。

4. 3つの顔を持つ私の「場所別」学習法

■ スケジュールではなく「場所」で決める

私は役員としての業務に加え、社労士、保育、警備と複数の業務を兼務しています。そのため、「毎朝5時に起きて2時間勉強する」といったルーティンを作ることが物理的に不可能でした。

起床時間も就寝時間もバラバラ。そんな生活の中で学習時間を確保するために、私は「いつやるか(時間)」ではなく、「どの仕事の移動中に何をするか(場所)」によってタスクを完全に固定化しました。

まず、社労士業務などで使う「JRでの長距離移動」。

電車の適度な揺れと、閉鎖された座席空間。ここは「動く書斎」と定義し、腰を据えてテキストを読み込むインプット作業に充てました。

ポイントは、あえてカバンにテキスト一冊しか入れないことです。「この移動中はこの一冊と心中する」。そう決めて環境を固定することで、強制的に集中モードを作り出していました。

次に、「飛行機での移動」。

フライト時間は短く、離着陸のアナウンスなどで慌ただしいため、じっくり読む作業には向きません。しかし、飛行機には「ネットが繋がらない(使いにくい)」という最大の特徴があります。

私はこのデジタルデトックス環境を逆手に取り、飛行機を「過去問を解くためだけの道場」としました。逃げ場のない上空で、ひたすら過去問演習を繰り返す。ネットの誘惑がない分、短時間でも驚くほど集中して問題を処理できるのです。

そして最も厄介だったのが、「自宅」です。

テレビもなく、家族も協力的な我が家は、リラックス環境としては最高なのですが、それゆえに疲れた脳が即座に「お休みモード」に入ってしまいます。

そこで、家では「脳を使う作業」を諦め、「手を使う作業」に特化することにしました。

■ 「場所別」だからできた、科目の並行処理

この「場所」でやることを決めるスタイルは、スケジュールの短縮にも大きく貢献しました。

3ヶ月という短期間で合格するには、1つの科目に時間をかけすぎることが許されません。もし「民法に1ヶ月」もかけていたら、終わる頃には試験直前になってしまいます。

そこで私は、複数の科目を並行して進める作戦をとりました。

具体的には、「インプット(新しい科目)」と「アウトプット(既習の科目)」の同時進行です。

例えば、8月の半ば頃、私はJRの移動中(動く書斎)では、難関と言われる「法令上の制限」のテキストを読んでインプットを進めていました。都市計画法や建築基準法の複雑な規定を、移動中に詰め込むのです。

一方で、飛行機や隙間時間では、インプットを一通り終えた「宅建業法」の過去問を解いていました。

普通なら頭が混乱しそうですが、「場所」と「やること(読むか解くか)」が明確に分かれているため、脳のスイッチがうまく切り替わり、無理なく並行処理ができたのです。

この方法により、7月から9月上旬で全範囲の「1周目」を完了させ、残りの1ヶ月強を「科目ごちゃまぜの過去問演習」や「暗記」などの総仕上げに充てることができました。

5. 書く、解く、そして忘れる

■ 裏紙思考整理術

自宅での「手を使う作業」。それは、覚えられない箇所を裏紙に書き出すことです。

私は、いわゆる「きれいなまとめノート」は作りません。不器用な私の場合、色ペンを使ってきれいに書くこと自体に意識が向いてしまい、時間の無駄になってしまうからです。

その代わり、不要な裏紙やコピー用紙を用意し、思考の速度に合わせてじっくりとペンを走らせます。

「AだからBになる…いや、例外でCの場合もあるな」

頭の中でモヤモヤしている複雑な権利関係の矢印や、どうしても覚えられない用途地域の数値などを、物理的に書き出すことで整理整頓するのです。頭の中だけで考えていると堂々巡りになることも、書き出すことで因果関係がクリアになり、ストンと腹に落ちます。

家での学習は眠気との戦いでもあります。「手を動かす」という肉体的なアクションは、非常に有効な眠気覚ましでもありました。

時間がないため、手当たり次第に書くわけではありません。「これを整理しないと先に進めない」という弱点中の弱点だけを厳選して書きました。

書き出した紙は読み返すためのものではありませんが、私はこれを捨てずに一応取っておきました。決して「タワー」と呼べるような量ではありませんが、その控えめな紙束は、私がどこでつまずき、どう理解しようともがいたかという「思考の痕跡」そのものです。

試験直前、不安になった時にその紙束を見ることは、最後の自信の拠り所となりました。

■ 過去問は「忘れた頃」に解く

こうして場所と方法を使い分けながら、メインとなる過去問演習は「引き算」で進めました。目標は「最低3周」ですが、ただ回せばいいというわけではありません。

私が使っていたのは「分野別」の過去問集です。これには、似たような論点の問題が連続して並んでいるという特徴があります。

そのため、1周目を解いた直後にすぐ2周目をやろうとすると、理屈抜きで「さっきの答えはこれだったな」と、正解の選択肢そのものを覚えてしまっていることがよくあります。

これでは、本当に知識が定着しているのか、それとも短期記憶で解けているだけなのかが判別できません。「なぜその選択肢が誤りなのか」という理由まで答えられなければ、本番では通用しないのです。

ですから私は、あえて「忘れるほどの間隔」を空けるようにしました。

ある分野の1周目が終わったら、すぐに復習せず、別の科目のインプットを進める。そして、「そろそろ前の内容を忘れていそうだな」というタイミングを見計らって、2周目に突入するのです。

当然、2周目を解くときにはきれいさっぱり忘れていて、全く解けないこともあります。その時の「あんなにやったのに!」という絶望感こそが重要です。

記憶がリセットされた状態で解くことで、自分の理解度がシビアに浮き彫りになります。

その上で、2周目以降は間違えた問題だけをピックアップして解き直します。

理解できていない問題については、3周、4周、場合によっては5周と、しつこく繰り返しました。

「解ける問題を繰り返す安心感」を捨て、あえて自分の記憶を試し、傷口(弱点)だけを治療し続ける。この泥臭いアプローチこそが、短期合格のカギだったと思います。

■ 10年のブランクからの再出発

ちなみに、私の経歴に「行政書士」があるため、もしかすると「民法の基礎知識があって有利だったのでしょう?」と思われるかもしれません。

しかし、私が行政書士試験を受けたのは10年以上も前のことです。

正直に申し上げますと、学習開始時点での記憶は、「そういえば『表見代理』って言葉あったな」「『心裡留保』ってなんだっけ?」という程度。内容はほぼ忘却の彼方でした。

ですから、「過去の貯金」には頼らず、初学者と同じように基礎から叩き直しました。

特徴的だったのは、試験直前まで「テキストと過去問の往復」を繰り返したことです。過去問を解いて解説を読む際、少しでも曖昧な点があれば、すぐにテキストの該当ページに戻って確認する。逆にテキストを読んでいて気になったら、過去問の出題を確認する。

この地道な「行ったり来たり」を最後まで繰り返したことが、薄れていた記憶を呼び覚まし、知識の網の目を細かくしてくれたのだと思います。

■ 模試は「吉野塾」の2回だけ

時間がなかったため、模試を積極的に解きまくるような余裕はありませんでした。しかし、試験特有の時間配分や、「どの分野から解くか」という感覚を掴む必要はあります。そこで、YouTubeでお世話になっていた吉野塾の「無料模試(Green)」と「ワンコイン模試(Navy)」の2つだけを受けました。点数は全く覚えていませんし、気にしませんでした。「最後に帳尻を合わせればいい」と思っていたからです。模試を受けた主目的は、自分の実力を測ることではなく、テキストには載っていない「最新の法改正論点」や「統計問題」を拾っておくことでした。結果的に、この模試で触れていた論点が本試験でズバリ出題されました。あれは本当にラッキーで、与えられた幸運に感謝したいと思います。

6. 44点の結果と、これから

■ 完璧を目指さない

結果として44点を取得できましたが、全ての分野で満点や完璧を目指したわけではありません。特に「法令上の制限」などの暗記科目は、深入りするとキリがない分野です。

私はここで「完璧」を目指すことはせず、「テキストに載っていること」や「過去問で繰り返し出題されている論点」だけは絶対に落とさない、というスタンスを貫きました。

本番の試験では、見たこともないようなマニアックな問題が出ることもあります。しかし、それは誰も解けません。そこで焦ってペースを乱すのではなく、「これは捨て問だ」と即座に見切りをつける。その代わり、頻出論点を落とせば致命傷になります。この「守りの学習」が、結果的に安定した得点につながりました。

また、建築基準法の数値や税率などの単純暗記については、あえて「直前の2週間前」まで解けなくても気にしないようにしました。早い段階で細かい数値を詰め込んでも、人間の記憶は儚いもので、すぐに忘れてしまいます。「理解は早めに、暗記は直前に」。この割り切りも、精神的な余裕を生みました。模試などで暗記項目の点数が低くても、「これは後で詰め込めばいい」とスルーできたからです。

■ 解説を「読む」ラストスパート

合格を決定づけたのは、ラストスパートの過ごし方だったと思います。

試験の前々日から、私はこれまで解いてきた過去問の「解説部分」を総ざらいして読み直しました。私は過去問演習の際、解説を単なる答え合わせの説明としては扱いませんでした。「過去問の解説も、立派なインプット教材である」と捉え、テキストと同じように重要な部分にはマーカーを引き、精読していたのです。

直前期に、そのマーカー部分を一気に確認する。そうすることで、膨大な量の知識が脳内で整理され、瞬時に引き出せる状態に仕上がりました。これは「全範囲の高速復習」として非常に効果的でした。

■ 試験当日の心境

試験当日は、不思議と落ち着いていました。 会場に向かう道中も、「絶対に合格してやる」という気負いも、「落ちたらどうしよう」という過度な不安もありませんでした。 ただ、「やるだけのことはやった。あとは結果が出るだけだ」という静かな心境です。試験中も、難問に直面して手が止まることはありましたが、焦ることはありませんでした。「自分が解けない問題は、周りも解けないだろう」と割り切ることができていたからです。自己採点の結果は44点。やるだけのことはやったと言いつつも、この点数は自分ひとりで取ったものではありません。たくさんの幸運と応援してくれた家族の存在があったからです。家族が見えないところで、たくさん時間を作ってくれたこと、そして、これだけ応援してもらって結果を出さないということはあり得ないという自分なりの決意みたいなものがありました。宅建のような相対評価の試験は受験生同士の落とし合いではありますが、試験中は「自分との闘い」なのです。「いかに自分を信じるきるか」に尽きると思います。

おわりに

以上が、株式会社なるなるの木の役員である私が、3ヶ月間で宅建試験に合格するまでの記録です。特別な才能も、画期的な勉強法もありません。

ただ、「事業のために必要だ」という目的意識を持ち、基本に忠実にテキストと過去問を反復した。それだけの3ヶ月間でした。振り返っても自分ひとりの勉強の成果だけで44点を取れたとはとても思わず、「運がよかった」という一言に尽きます。しかし、それでは参考にならないため、できるだけ詳細に勉強法などをシェアさせていただきました。

この合格体験記が、これから宅建を目指すどなたかの背中を押し、少しでも参考になれば幸いです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。