
大体この①~④のパターンで過ごしていました。保育は23時に終了することもあり、みんなで交代で仮眠をとったり、「勉強してきていいよ」と声をかけてもらいながら過ごしていました。
ここで、7時に起きて7時半に出発できるものなのか?と疑問に思った方もいるかもしれません(笑)。さらに遅く、7時10分に起きて7時半に出発することもありました。
朝の時間…、なかなか忙しいものですよね。ましてや子育てしている方は特に大変かと思います。
私は起きて、朝の洗顔はお湯で軽く洗う、髪の毛は5秒くらいとかすのみ、化粧なし、そのおかげでギリギリまで寝ていることができます。
また、「仮眠」というワードが随分出てくるな、と思った方もいるかもしれません。私は、よく仮眠を挟んでいます。家ではなくても、どこでも寝れます。特技は枕に頭をつけて3秒以内に寝ることです。この仮眠術はハードに仕事をしていくことと、勉強に役にたったのではと思っています。仮眠は仕事・勉強の効率をあげてくれます。
朝ごはんは、コーヒーとカロリーメイトなことが多かったです。
一日の中には、あらかじめ決まっている仕事もあれば、突発的に入ってくる対応もあります。また、交代制で仕事をしていても、「ん…現場が忙しそうだな…」というときは、現場>勉強精神で、現場にヘルプに行きました。現場の状況はその時にならないとわからない、勉強のスケジュールはなかなか建てられないものです。
「今日は何時間勉強できるだろう」と期待していた日に限って、まったく机に向かえないことももちろんあります。
勉強時間が確保できる日もあれば、一分も取れない日もある。
それが、私の日常でした。
そんな生活の中で気づいたのは、眠たい状態で机に向かっても、何も頭に入らないということです。
以前は「眠くても、勉強しないと!やばい!」と思い、無理にテキストを開いていました。
けれど、ページをめくっているだけで内容が残らない。
それなら、その時間は潔く手放したほうがいい——そう考えるようになりました。
眠いときは、しっかり寝る。
その代わり、翌朝少しだけ早く起きて勉強する。
また、「30分くらい勉強したけど、集中できなくなってきた」というときは、潔く勉強を一旦やめるか、音楽を聴きながら勉強をしました。私の人生においてかかせないのは、ハードロックです。具体的にはAC/DCとKISSは勉強に向いています。
AC/DCの『Highway to Hell』のアルバムは、この1年間特に聞きまくりました。『Highway to Hell』を聞きながら地下鉄でテキスト開くと、ドラムのビートが心臓の鼓動みたいに同期して、「よし、今日も地獄のハイウェイを突っ走るぞ!!」ってスイッチ入るんです(笑)。KISSの派手なギターリフも、疲れた頭をリセットしてくれる最高のパートナーでした。「よし、今日もがんばるぞ~」というやる気が出てきます。このグルーヴ感は勉強のやる気を応援してくれました。ギター、ベース、ドラムの音を聞くと、「やっぱロックだよなぁ」と毎回明るい気持ちになり、気持ちの切り替えにベストでした!
こうして私は、勉強量ではなく、勉強の質を最優先にするという基本方針を決めました。
この考え方は、結果的に一年間、私を支え続ける軸になったと思います。
そう決めた日は、今でもはっきり覚えています。
この言葉は、誰かに宣言したものではありません。
自分自身に向けて、静かに言い聞かせた約束でした。
株式会社なるなるの木が、不動産事業を本格的にスタートさせる。
その中心に立つ人間が、宅建士でないという選択肢は、私の中にはありませんでした。
代表である以上、責任から逃げることはできない。
「できれば合格したい」ではなく、「合格しなければならない」という覚悟がありました。
とはいえ、時間は限られています。
仕事を減らすこともできない。
だからこそ、「一年」という期限を自分で設定しました。
だらだら続けない。
逃げ道をつくらない。
一年間、この生活をやり切る。
その覚悟があったからこそ、
疲れていても、思うように勉強が進まなくても、
「やめる」という選択肢は、最初から存在しませんでした。
勉強が進まない日は、自分を責めるのではなく、
「今日は仕事を全うできたか」を自問する。
代表としての役割を果たした上での勉強なら、それでいい。
そう思うことで、気持ちを切り替えてきました。
宅建の勉強は、単なる資格取得ではありませんでした。
それは、代表としての自分を試す一年でもあったのです。
まとまった勉強時間が取れない。
それは、最初からわかっていました。
だから私は、「一時間勉強しよう」と考えるのをやめました。
代わりに、「一分をどう使うか」を考えるようにしました。
地下鉄の中。
車での移動時間。
エレベーターを待つ間。
誰かを待っている数分間。
それまでは、何となくスマートフォンを眺めていた時間です。
そのすべてを、宅建の勉強時間に変えていきました。
「たった一分で何ができるのか」と思うかもしれません。
けれど、不思議なことに、短時間で集中した学習ほど、記憶に残るのです。
一分だからこそ、集中する。
一分だからこそ、無駄がない。
私は、このスキマ時間の積み上げを、決して軽く見ませんでした。
むしろ、ここが自分の最大の武器になると信じていました。
結果的に振り返ってみると、
机に向かっていた時間よりも、
移動中や待ち時間の学習のほうが、私の合格を支えてくれていたように思います。
宅建の勉強をしていると、どうしても「勉強を最優先にしなければならない」という考えに引っ張られがちになります。
時間が取れないと焦り、勉強できなかった自分にガッカリする。
けれど、それは大きな間違いです。自分のために勉強するのでは受かりません。
これは諦めではなく、私なりのポリシーでした。
何より優先すべきは、『今』の仕事です。
もう一度言います。
今、目の前で行っている仕事です。
警備の現場、保育の現場、会社の代表としての判断。
そのどれもが、誰かの安全や生活に直結しています。
もし私が、勉強を理由に目の前の仕事を疎かにしたとしたら、
それは本末転倒だと思いました。
今の仕事を全うできない人間が、
未来のための資格試験に合格できるはずがない。
「今日は勉強できなかった」ではなく、
「今日は仕事をきちんとやり切れたか」を自分に問う。
宅建の勉強は、あくまで家族(私自身も含めた)の未来のための勉強です。
未来のためにできる最善の行動は、
今の仕事を丁寧に、誠実に積み重ねること。
仕事を第一に置き、
その上で、できる範囲で勉強を積み重ねる。
この順番を間違えなかったことが、
結果的に一年間、勉強を継続できた最大の理由だったと思います。
自分のための勉強ではないということです。
試験の三か月前までは、辻田佳奈が選んでくれた「宅建士 合格のトリセツ」シリーズの「基本テキスト」、「一門一答式」、「過去問題集」の本でまずは一通り勉強をしました。また、理解に時間のかかる民法を何度も繰り返し勉強しました。民法は大体6月までにやり込みました。
ノートは基本、過去問を解く時だけ使いました。が、これとこれが頭の中で混ざってしまうな…というのは自分なりにノートにまとめました。「自分の頭の整理」のためにノートは使う、というイメージです。
具体的に言うと「都市計画の開発許可の面積」と「国土利用法の面積」はノート見開きで左と右を見比べてすぐ比較ができるようにしました。混ざるものは、比較しながらの暗記が私流です。自分の中で暗記しにくい、知識が混ざる、というポイントだけノートにまとめました。
そして、試験の三か月前からは、方針を大きく切り替えました。
暗記と過去問に集中すると決めたのです。
この時期になると、不安が一気に押し寄せてきます。
「本当に足りているのだろうか」
「もっとやるべきことがあるのではないか」
けれど私は、「全部を完璧にする」という考えを、ここでも捨てました。
それよりも、1点でも積み上げることを最優先にしました。
覚えきれていない数字。
混同しやすい条文。
何度も間違える分野。
そこを一つずつ潰していく。
それが、直前期の私のやり方でした。
苦手な分野は買ったテキストの過去問・一問一答では知識が足りないと感じて、
アプリの「宅建試験・過去問道場」で徹底的に過去問を何度も解きました。
辻田佳奈が選んでくれた「ユーキャンの宅建士過去12年問題集」も一通り解きました。これについては、基本ずっと合格点以下のままでした…!(やべー)。結局そのまま試験日を迎えることになります…
しかし不安と向き合いながらも、
最後まで勉強をやめなかったこと。
それ自体が、自分への信頼につながっていったように思います。
この一年間、決して一人で戦っていたわけではありません。
同じ年に宅建を受験していた辻田佳奈の存在は、私にとって大きな支えでした。
勉強の進捗を細かく共有するわけではなくても、
「同じゴールを目指している仲間がいる」
それだけで、心が折れそうなときに踏みとどまることができました。
また、宅建をすでに合格している辻田亜紀子・北川仁美の存在もとても心強かったです。勉強していてわからないことがあれば教えてもらったり、例えば当日の試験では民法からではなく宅建業法から解いていく…なども教えてもらいました。
結局当日は辻田佳奈も私も宅建業法から解きましたが、めちゃくちゃえぐい…宅建業法がめちゃくちゃ難しい年でした…。人によっては、民法をすてて勉強していた人もいたそうですが、やはりある程度は幅広く勉強することをお勧めします。2025年度は民法を捨てて点を稼ごうとしていた人は不合格になったのではないでしょうか。
試験当日、民法から解いていってもよかったとも思いますが、他の受験生のページをめくる音を聞いて「え、この人、もうこのページ終わったの!」と驚き焦るよりは他人と違う問題からあえて解いていくことで自分のペースを守れたのでは、と思います。
また、私の前の方に座る辻田佳奈の姿を見た瞬間のことを、今でもはっきり覚えています。試験会場の人たちの中で一番強そうなオーラでした!
不思議と気持ちが落ち着き、
「本番で巻き返す!」と思いました。(「ユーキャンの宅建士過去12年問題集」の結果はさんざんでしたが、要は試験本番の点数がすべて)
…少し余談ですが、試験会場では私の横に座っていた真面目そうな男性、私の目の前に座っていた真面目そうな女性は合格していました。
私の通路挟んで座っていた不真面目そうなキモイ男は不合格でした。キモイと言うのは、とても主観な言葉ですが、顔が整っていない、というわけではありません。雰囲気がナルシストで自己中心的なのです。別にその男が私に何をした、という訳ではありません。ただ、そういうオーラを感じたのです。
いい人が結果をつかみ、悪い人は落ちていく、そんな時代になってきたことに正直喜びを感じました。警備員指導教育責任者の資格試験の時もそうでした。「こいつ、偉そうでまじキモイ」と思った4人ほど不合格でした。
私が学生~某警備会社に勤めていた時は、いい人ほど損をしている・いい人ほどやめていく、という社会だったと記憶しています。
そんな社会が変わってきたのか、と一種の希望も見いだせた試験でした。また、自分の人を見る目にも自信を持てました。いかに短時間で人を見抜くかは、代表としてやはり養っていきたい能力なのです。
それでも、この36点には、
私の一年間の選択と積み重ねが、すべて詰まっています。
同時合格の知らせを聞いたときの喜びは、言葉にできませんでした。
点数以上に、「やり切った」という実感がありました。
試験当日に体調万全で挑めたことも重要であったと思います!
ちょうど風邪が流行っている時期でしたが、発熱もなく、健康な体で試験を受けられたことに感謝でした。当日にむけての健康管理は一番大事かもしれません。
また、試験までの1年間も比較的健康に勉強をしてこれました。体調をくずすと、現場にもでれず、勉強なんてもちろんできません。大きな時間ロスになってしまいます。
試験勉強期間の1年間、自分の体に感謝でした。
これからは、専任宅建士としての責任を背負っていくことになります。
この合格はゴールではなく、スタートです。
忙しい日々は、これからも続きます。
それでも、あの一年を乗り越えた経験は、
必ず「なるなるの木」の未来を支える力になると信じています。
私たちが宅建士になったことにより、未来のお客様は必ず幸せになるでしょう!