1点差の涙から42点へ:
普通で忙しい私が掴んだ「逆転の宅建合格記」

北川仁美

1989年1月7日生まれ。札幌で24時間365日稼働する一時保育専門保育園を経営・運営。保育士資格と介護職員初任者研修を保有。学生時代は「中の下」の学力で勉強が苦手だったが、家族や仲間への想い、そして「不言実行」の精神で、令和5年の1点差不合格から令和6年に42点の高得点で宅建士試験に合格。

プロローグ:天才でも秀才でもない「普通」の私の挑戦

私は1989年1月7日生まれの女性です。現在は、札幌で24時間365日休むことなく稼働する、一時保育専門の保育園を経営・運営しています。私が持っている資格といえば、短大時代に取得した保育士資格と介護職員初任者研修のみです。学力に関しては、学生時代の内申点こそ真面目さが評価されてやや高めではありましたが、実際のテストなどの学力は「中の下」といったところで、勉強は苦手な方でした。不動産の知識も、始めた当初は全くありませんでした。

そんな私がなぜ、難関と言われる宅建士試験に挑もうと決断したのか。それは令和4年の夏頃のことでした。私の経営する法人のために、家族三人が一斉に保育士試験を受けることが決まったのです。「みんなが必死に勉強している時に、私一人のんびりしていられない。私も宅建士の勉強をして、みんなを一緒に応援したい。グループ企業で不動産をやっているので、私も何かの役に立てるかもしれない」。そう思ったのがきっかけでした。今思うと、自分自身で何かに挑戦したいという強い気持ちが、あの時の決断を後押ししたのだと思います。

これから、私が一年目の1点差不合格という絶望から、二年目に42点という高得点で合格を勝ち取るまでの、泥臭くも真剣な全記録を綴ります。読んでくださる方に「自分でも勉強できそう」と思ってもらえるよう、飾らない言葉でありのままを伝えます。

第1章:私を合格へ導いた「最強の武器」たち

独学で挑むにあたり、私が信頼し、二年間にわたって使い倒した教材とYouTubeの先生方を紹介します。これらの存在なくして、42点という結果はあり得ませんでした。

メインテキスト・過去問

メインのテキストは、宅建学院の『らくらく宅建塾[宅建士基本テキスト]』を使用しました。これは、私の状況をよく知る亜紀子さんが選んでくれたものです。スタンダードで詳しい内容であり、何より語呂合わせが個性的で面白く、勉強へのハードルを下げてくれる一冊でした。過去問も同じく『らくらく宅建塾』のものを使用しました。二年目の受験時は新しいテキストを買い直すことなく、この使い慣れた古いテキストをボロボロになるまで読み込みました。

YouTube講師の方々

吉野塾(吉野哲慎先生):司法書士の先生です。要点を10分前後にまとめてくれた動画は、忙しい私にとって非常にありがたい存在でした。早口で要点が凝縮されているので、隙間時間にピッタリです。一年目の受験時には、吉野先生が出している無料の模試と、500円の有料模試に挑戦しましたが、当時の私の実力では結果は散々でした。先生の模試は的中率が非常に高いのですが、せっかく的中させてくれていたのに、私は復習を疎かにしたことで一年目は落ちてしまいました。二年目は特に模試は受けませんでしたが、吉野先生の模試の解説動画は欠かさず観るようにしました。特に吉野先生が出している統計問題の資料は無料なので、二年とも活用しました。見事に的中していたので、全ての受験生におすすめしたい先生です。また、10分以上の動画もたくさんあります。「過去問解きまくり」という動画は真剣に観て「なるほど!」と思った部分をノートに書き加えました。ノートに書く作業は時間がかかりますが、動画を観ただけでは記憶に定着しないため、面倒でも記録に残す方が良いと思います。
棚田行政書士の不動産大学:過去問を解いていて、どうしてもわからない問題に出くわしたとき、検索をかけるとたいてい棚田先生が動画で取り上げてくれていました。ピンポイントで知りたい疑問に答えてくれる、まさに駆け込み寺のような存在でした。
国際弁護士Tokyo Joe 宅建講座:非常に落ち着いた語り口の先生です。弁護士の先生ということで解説も非常に丁寧で、安心して聞くことができました。解き方のコツや受験のコツも動画で取り上げてくれたおかげで、本試験で数点上乗せできたと思っています。さらに、無料で良質な資料をダウンロードできるため、大きく改正された部分だけは二年目の学習時に印刷して活用しました。もっと時間があれば、全編じっくりと拝聴したかったと思えるほど丁寧な講義です。Joe先生のおかげで税・その他の得点ができたと思っています。
あこ課長の宅建講座:宅建士として実際に活躍されている女性YouTuberの方です。非常に丁寧で、細かいところまで行き届いたお話をされます。あこ課長が動画で「35条は何度も復習が必要」と言ってくれたおかげで、私は最後まで慢心せずに復習を続けることができました。ゆっくり丁寧にお話しされるので、家業の警備の手伝いをしている時、特に車の出入りがあまり無い時間帯を狙って耳学をしていました。二年目はあこ課長のショート動画も活用し、細かい知識を定着させることができました。あこ課長のおかげで宅建業法の細かい詰めができたと思っています。

アプリ・その他

宅建試験ドットコム(過去問道場):無料で使える過去問アプリです。過去20年分以上の過去問を網羅しており、二年目の受験時はずっとこのアプリで勉強していました。一問一答形式で解くことで、「なんとなく正解かな」という落とし穴を排除し、一つ一つの肢に対する理解を深めることができました。基本的には過去15年分の一問一答を解きましたが、試験3日前くらいから「宅建業法」と「法令上の制限」は過去20年分を解きました。試験前日は0時まで保育の仕事をしていたので、1時間の仮眠を除き、ほぼ徹夜で挑みましたので、過去問の復習などできるはずもなく、ただ20年分を解いただけでしたが直前期に20年分の過去問を解くことを絶対におすすめします。
保坂つとむの宅建合格塾:保坂先生は、合格基準点の的中率が極めて高いとネットで知り、注目していました。動画ではありませんが、X(旧Twitter)で毎日のように一問一答を出題されていたので、それを日々のルーティンとしてチェックするようにしていました。

第2章:「有言実行」の1年目と、1点差に泣いた夜

一年目の受験スタイルは、まさに「気合」と「アピール」の一言でした。当時は有言実行こそが正義だと信じ、周りにも「絶対合格」と豪語していました。「合格」とタオルに書いて頭に巻き、いわゆる「ガリ勉」を地で行くスタイルでした。今思えば「痛いやつ」でしたが、受かっていれば痛くない、そう信じて必死でした。

一年目は仕事中に時間をもらって勉強しました。周りの理解があったからこそできたことです。ご飯を食べると眠くなるので、帰宅してお腹が減っていても食べずに勉強をし、その後に簡単な湯豆腐などを食べてまた机に向かう。そんな生活でした。勉強法としては、宅建のことを何も知らなかったため、テキストを読んでもよくわからず、とにかく問題に慣れることを重視して過去問を10回から15回以上解きました。しかし、民法に時間を割きすぎてしまい、宅建業法や法令上の制限に取り掛かるのが遅れてしまったのが、今思えば失敗の大きな要因でした。

本試験当日、吉野先生の資料のおかげで正解できたはずの統計問題で、勘違いをして一点を失ってしまいました。「わかっていたのになぜか間違えてしまった」という最悪な失点でした。そして合格発表の日。合格基準点は36点、私の点数は35点でした。

不合格を知ったとき、自分が情けなくて号泣しました。それでも、絶望の反面で「私にとって、これほどまでに必要な資格なのだ」と再確認する自分もいました。この強い想いがあるのだから、私が資格を取ることで将来幸せになる人たちが待っているのではないか。超ポジティブな自分を取り戻し、私は再起を誓いました。

第3章:不言実行の浪人生活。睡眠4時間の「体質改造」

二年目は、途方に暮れているところからスタートしました。これまでの勉強法を全てリセットしなければならなかったからです。吉野先生の「テキストの読み込みが足りない受験生が多い」という言葉をヒントに、私はテキストの徹底的な読み込みを決意しました。

二年目のテーマは「不言実行」です。一度落ちているので、誰かに弱音を吐くことも、強気な発言をすることも一切控えました。勉強に関する話題も一切しませんでした。仕事中に勉強することもやめました。24時間営業の保育園を運営しながら、一日の勉強時間が1時間しか取れない日もありましたが、必ず毎日続けました。

自分に厳しく、「浪人生は1日4時間から5時間以上寝てはいけない」と言い聞かせました。当初は辛かったものの、少しずつ睡眠時間を短くしていくと、身体は慣れていきました。受験が終わればいくらでも眠ることができる。そう自分に言い聞かせ、インスタントコーヒーを飲みながら、夜中や朝方に勉強しました。移動中も車では家族が同乗するため、聞き流しなどはせず、家族に迷惑をかけずにひっそりと浪人生らしく勉強することを徹底しました。

二年目には身体の異変が起こりました。右の奥歯が痛み出し、頭皮の感覚がなくなり、顎関節症にもなり、腕のしびれも出ました。しかし「試験が終われば普通に戻るだろう」と思って、ペンを動かし続けました。

自分だけの「ノート作り」

この年に取り入れたのが、自分だけの「ノート作り」です。宅建にノート作りは不要という声をよく聞きますが、私は作った方が良いと思ったので作りました。テキストを自分なりに要約し、丸写しに近い形であっても、赤いシートで隠して読み込める自分専用のノートにしました。何度も読み込み、読んだページには日付やチェックを入れ、何度も間違うところには紫色のペンで印をつけました。ノートでインプット学習をしたあとに過去問でアウトプット学習をするという形式で勉強を続けました。

 

使い込んでボロボロになったノート
使い込んでボロボロになったノート

 

独自の語呂合わせ

さらに、記憶を定着させるために「独自の語呂合わせ」も量産しました。いくつか紹介します。

不動産取得税(スピッツの『シュラフ』に乗せて)
「シュラフ」という曲を不動産取得税と定義し、旭川ツアーをイメージしました。
「旭川ツアー 中華飯店(中古販売)の梅光軒(ばいこうけん:売買・交換) 深海魚スープ(新築)だぞよ(贈与)」
今思えば、不動産取得税が課されないのは「相続」と「法人合併」だけであると覚えた方が早かったのですが、こうして自分の好きな曲に乗せて覚えるのが私流でした。
住宅用家屋の税率軽減措置(GLAYのTAKUROさんで)
「住宅用家屋 タクローちゃん(GLAYのTAKURO)が、彼女のカオちゃん(家屋)にバイバイ(売買)され、競馬(競落)に逃げた。後日(50㎡)、ギター1本で上京(1年以内に登記)!その後、お金持ち(所得制限なしでお金持ちもOK)!何度もCD売れた(以前に適用を受けた人も再度適用できる)!」
自分の好きなアーティストを登場させることで、苦しい暗記が楽しい時間に変わりました。

第4章:隙間時間の錬金術と、スタッフへの想い

一時保育専門の保育園運営は、予約制のためいつ仕事が入るかわからない状況です。「勉強できる時にしないと、いつ忙しくなるかわからない」。この緊張感が、私の集中力を高めました。仕事の合間にわずかな空きがあれば、それを黄金の時間として大切にしました。

家業の警備の手伝いも、絶好の学習機会でした。警備の仕事のときは地下鉄で移動します。地下鉄は勉強のチャンスなので、過去問アプリで一問一答を解きました。二年目は「なんとなく正解かな」という4択の落とし穴を避けるため、一問一答に専念しました。警備の現場では、吉野塾の動画を聞いたり、35条や37条の暗記に励みました。私の場合は保育現場での仕事が多く、警備は週に1回~2回なので、警備の日は35条と37条の日としていました。

二年目は勉強の話題を一切封印していましたが、母だけは勉強の話題を気にせずふってくれていました。警備の仕事中、母が「勉強していいよ。多めに休憩とって」と言ってくれました。その言葉に、「母を早く安心させたい。受かったら母にたくさん休憩をとってもらいたい」と心の中で強く思いました。

勉強がつらいときに浮かぶのは、私の保育園で働いているスタッフの顔、子どもたち、そして家族でした。陰ながら応援してくれているスタッフのことを想うと、「結果はどうあれ期待に応えたい」という気持ちが湧くと同時に、スタッフが不動産のことで悩んだときに力になってあげたいという気持ちがふつふつと芽生えました。言葉にせずに、そのことを心の中で思い続けるのは強い信念が必要だと思います。はたから見れば何を考えているのかわからないだろうし、勘違いをされているかもしれません。ですが、強い気持ちを持つときは周りからどう思われているかなど気にしてはいけないし自分の保身に走ってはいけないのです。

過酷なスケジュールのなか、家族のお弁当作りだけはずっと続けてきました。お弁当作りを続けることは、私にとって生活のリズムを守るための大切な儀式であり、日常への感謝を確認する時間でもありました。また、勉強を理由に家事をおろそかにしたくなかったからです。

国語力から民法に立ち向かう

また、苦手な民法には「国語力」から立ち向かいました。「民法が解けないのは国語力不足。国語からやり直すべきだと思って国語の問題集からやり直して合格した」というネットの言葉を見て目眩がしました。「宅建のテキストですら買いなおしていないのに、国語の問題集を買うなんてあり得ない」と思いつつも、私は国語力を意識して一年間生活することに決めました。具体的には、正しい日本語を使って会話をすることや、問題文をよく読むなど、ごく簡単なことです。そして、ノート作りと復習を重ねて勉強の質を上げる。この「丁寧な勉強」の積み重ねが、後の高得点に繋がりました。過去問も大切ですが、吉野先生が言っていた「テキストの読み込みが足りない」という言葉を胸に学習しました。宅建の試験は過去問をやっていれば受かると思われがちですが、テキストの読み込みと過去問の合わせ技だと思います。

第5章:札幌の初雪と、42点へと続く「平常心」

令和6年、試験当日の札幌は初雪の日でした。会場に着いたとき、「そうそう、こんな天気。自分は悪天候の日に合格するはず」という直感がありました。ですが、「合格も不合格もよぎってはならない。ただ問題を解くのみ」と強く言い聞かせ、会場に入ってからの3時間も、ひたすら勉強を続けました。

試験開始まで、会場のシャンデリアを眺めながら自分と戦っていました。「神頼みをするな。祈るなら『合格します』ではなく『精一杯がんばります』と宣言をしろ」。そして、試験突破のイロハを心得ている辻田亜紀子が教えてくれた「試験はいつでも平常心」という言葉を意識しました。

試験中は、驚くほど冷静でした。「どんな問題でも平常心で解けば必ず解ける」。自分を信じ、一問一答で培った判断力をフル稼働させました。

自己採点の結果は、50点中42点。合格基準点の37点を大きく超えることができました。
民法14点中10点、法令上の制限8点中7点、税その他8点中7点、宅建業法20点中19点。
1点に泣いたあの日から一年、私は自分の限界を塗り替えました。

試験が終わったらやりたいと思っていたことがありました。まず子どもたちと思いきり心から遊んであげたい。そしてペットのヤドカリの砂を洗ってあげたい。思いきりお絵描きがしたい…。合格して、ようやくそんな当たり前の、けれど尊い日常を取り戻すことができました。

第6章:これから戦うあなたへ――三つの「魔法の言葉」

最後に、この本を手に取ってくれたあなたに、私が合格を通じて得た「魔法の言葉」を贈ります。

① 試験はいつでも平常心

解けない問題はありません。常識で解けるものもたくさんあります。落ち着いて解けば必ず解けます。初見問題で戸惑う問題もありましたが、この言葉のおかげで1点取ることができました。

② 信じられるのは自分だけ。あとはみんなモブキャラだ。

合格してからネットを見ると、みんな好き勝手言っていることがよくわかりました。「模試は必要か否か」など。私もネットの言葉を参考にしましたが、最後は心の声と一致するものだけを採用すると良いと思います。他人の進捗と比較せず、自分との戦いを貫いてください。

③ 感謝

ガリガリと毎日3時間勉強しても、感謝の気持ちがないと合格できません。勉強できることに感謝すると良いと思います。「もっと時間があれば」と嘆くのではなく、今ある時間に感謝して机に向かってください。

あとがき:自分を鍛えた二年間

家業の手伝い、経営、勉強、そして家事。これらを同時にこなすことは、今思えば大変なことでしたが、勉強をすることで自分自身を鍛え上げることができました。

身体のあちこちに不調を抱えながらの挑戦ではありましたが、その過程を通じて私は、自分自身を律し、磨き上げるという経験そのものを手に入れました。合格したことで、スタッフを助け、母を安心させ、そして何より、ヤドカリの砂を洗うような何気ない日常を最高の幸福として感じられる自分になれました。

人は自分の思い描いた通りの人生になります。落ち続ける人は潜在意識で落ちたいと思っている可能性があります。もし一度落ちて自信を失っているなら、浪人生らしく謙虚に、自信喪失してください。自信喪失は悪いことではありません。一度自信喪失しなければ這い上がることができません。自信喪失が悪いことだと思う風潮が間違っていると思います。「自分はバカなやつだ」と認める「無知の知」から、本当の学びは始まります。

一年間、自分の弱点と向き合い、不言実行の人間でいることができた…。これが私の財産です。この記録が、今戦っているあなたの背中を少しでも押すことができれば、これ以上の幸せはありません。